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大阪・今宮戎神社 ~事代主神系のえびす神社の総本社

参拝

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ゴールデンウィークの大阪御朱印巡り その3

安居神社を出て、次の目的地は今宮戎神社。

今宮戎神社も安居神社から徒歩で行ける範囲です。

今宮戎神社の拝殿

今宮戎神社とは

今宮戎神社は大阪市浪速区恵美須西一丁目に鎮座し、天照皇大神・事代主命・外三神を奉斎しています。創建は推古天皇の御代に聖徳太子が四天王寺を建立されたときに同地西方の鎮護としてお祀りされたのが始めと伝えられています。

戎さまは、ご存知のように左脇に鯛を右手に釣竿をもっておられます。そのお姿は、もともと漁業の守り神であり、海からの幸をもたらす神を象徴しています。当社の鎮座地もかつては海岸沿いにあり、平安中期より朝役として一時中断があるものの宮中に鮮魚を献進していました。

またこのような海辺で物資の集まりやすい土地では、海の種々の産物と里の産物、野の産物とが物物交換される、いわゆる「市」が開かれますが、当社でも四天王寺の西門に「浜の市」が平安後期には開かれるようになり、その市の守り神としても当社の戎さまが祀られるようになりました。

時代が経るに従い、市場の隆盛は商業を発展させますので、いつしか福徳を授ける神、商業の繁栄を祈念する神としても厚く信仰されるようになりました。

室町時代以降庶民の信仰はより厚くなり、また大阪の町も発達し、大阪町人の活躍が始まります。江戸期になると大阪は商業の町としてより一層の繁栄を遂げ、それと期を一にして今宮戎神社も大阪の商業を護る神様として篤く崇敬されるようになりました。十日戎の行事もこの頃から賑わいをみせ、さらに元禄期になりますと十日戎の祭礼を彩る宝恵籠の奉納も行われるようになり今日と同じような祭礼となりました。

現在では、1月9・10・11日の三日間の祭礼で約100万人の参詣者があり、大変な賑わいをみせてくれます。

時代とともに十日戎の祭礼も盛大になってゆきますが、それは古代から大阪の人々が戎さまを親しく崇敬し、親近感のある神様として尊崇した歴史であり、まさしく大阪の庶民生活の積み重ねが十日戎に投影されたもののように思われます。

今宮戎神社の拝殿

今宮戎神社の境内

安居神社から徒歩で10分ほどです。

国道25号線を歩いていけば真っすぐですが、左手に通天閣が見えるので寄り道せずにはいられません。

新天地・通天閣

東側の出入口。こちらには鳥居がありません。

今宮戎神社の東側の出入口

南側にある鳥居。珍しい三輪鳥居です。

今宮戎神社の三輪鳥居

拝殿を斜めから。

境内は思いのほか狭いです。

今宮戎神社の拝殿

御朱印は社務所でいただきました。

写真は人のいないタイミングで撮りましたが、御朱印をいただくのに順番待ちがありました。

今宮戎神社の社務所

御朱印は300円でした。

今宮戎神社の御朱印

事代主神系のえびす神社の総本社ながら、素戔嗚尊も祀っていることもあり『素戔嗚尊奉仕神社』にも名前をつらなています。

素戔嗚尊を訪ねて ~平成のおかげ参り~』の御朱印帳と西宮神社の御朱印帳にいただくか、迷いましたが、今回は西宮神社の御朱印帳にいただきました。

ちょっと北に行ったところに廣田神社があったので参拝してみました。こちらでも御朱印がいただけるようですが、今回は参拝のみさせていただきました。

廣田神社

まとめ

事代主神系のえびす神社の総本社というわりには、意外と小さめの神社でした。都会の神社なので仕方ないかもしれませんが。

鳥居が三輪鳥居だったのには少し驚きましたが、大神神社とかの関係があるのでしょうか?ちょっとそういうことがわかるものは見つけてません。

近くの廣田神社は、兵庫県の西宮神社と廣田神社と同じような関係があるみたいなことが書いてありました。

大阪・御朱印巡り次は『露天神社』。

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